2017年10月25日水曜日

挨拶はコミュニケーションの入口!「挨拶させること」は入り口になる?




挨拶って様々な形式がある。言葉をかける、頭をさげる、握手をする、それぞれの人が持つ挨拶、それぞれの人に対して持つ挨拶。挨拶って気持ちが通いあうところ。

挨拶は、人と人との出会いや別れ、その気持ちを伝える手段。コミュニケーションのとびらであり、基本的には個人と個人で行われるもの。そのように捉えている。それぞれの選手たちがコミュニケーション能力を持つための道具になりうるものである。そして、それは人生を豊かにする。

挨拶は、変なプライドがあっては行うことはないし心を閉ざしていても行うことはないだろう。開けておく心、受け入れる心、認める心、人間性も繋がっている。個人と個人で行われるものという認識なので、全員で頭をさげることや声を合わせることは行う必要はない。ものや場所に対して行うこともない。

選手に対する挨拶を過度に要求する態度は、選手をロボットにしてしまうところがある。形式上で挨拶をやっているだけになってしまってはいけない、挨拶する人がいるかいないか神経質になりすぎてはいけない、挨拶がネガティブなものになってしまってはいけない。

挨拶を学ぶのは、挨拶をさせることばかりではない。私たち自身が、選手たちにあった時に喜びを示すことや大切な人であることを表現することの方が、選手たちは挨拶を学んでいくのだろうと思う。しかし、試合に負けた時は教えないといけない挨拶となる。

閉鎖的では監督は務まらない。選手たちに私たちから挨拶できるか、開放的に。それが監督の能力にもなり、選手たちも何かを感じてくれるのではないだろうかと感じる。