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2016年3月17日木曜日

しゃべる、喜ぶ、悔しがる。。決断力の練習メニューで獲得されるチームの人間味




日本が高めていきたい決断の力


私が小さいときは技術が大切とされ、個々で努力する練習を重視していた思い出がある。そういう練習を大切にしているチームは最近でもある、でも決断を練習する大切さが広まってきている。

スペインは、この決断力の成長に応じて結果が付いてきているように感じている。スペインで日本人が試合や練習をすると、それを見たスペイン人からは決断が弱いと言われることは多い。

私もフットサルにおける決断力の大切さや、日本人が持つその力はまだ弱いと感じている。日本人が持つ特有な精神力がまだフットサルに活かしきれていなくて、逆に弱さを感じる。そして戦術的な能力に乏しく、選択肢が少なかったり良い選択肢をとることができない。


決断に働きかけるとは


特に働きかけていくことは、それぞれの選手が自身や状況に合わせ、考えて決めること。何気なくプレーしていることも、実は選手たちが決めていること。選手たちがなぜその決断をしたのかをテクニカルスタッフは考えていく必要がある。

考えて決める、という部分に焦点をあてていきたいので、そこへの負荷を高める。それはプレーに制限をかけることや、新たなルールを設けること、そしてテクニカルスタッフによる選手とのコミュニケーション。

選手ひとりひとりが意識的でなければならない。横へ倣えの風潮だと難しい。


決断に働きかけた時の選手


決断に働きかける練習メニューでは、創造力が芽を出してくる。それぞれの選手がそのチームとともにそこに向かってプレーしている姿は楽しそうであることが多い。コミュニケーションが増えて、練習が活気であふれる。決断の練習は、チームの団結力を高めることにもなる。

チーム練習であるにもかかわらず個人練習であるかのように練習するチームでは、仲間意識や感情管理を学ぶことはできない。現状、日本に欠けているものだ。

しかし、決断の練習では楽しいことばかりではない。選手たちの頭がフリーズしてしまうこともあるし、練習メニューがとてもゆっくりにしか進まないこともある。その時に、テクニカルスタッフが介入するかどうかは、それぞれが考えるべき重要点。頭の困惑を放っておくべきときもある。逆に練習メニューが適しておらず、介入すべきときもあるだろう。

選手が困惑していたり、不安そうなときに放っておくこと。それが成長の過程にあるということ、乗り越えるべき課題だという意識を選手がもつようにテクニカルスタッフはコミュニケーションをとるべきだろう。