2013年7月1日月曜日

1.戦術は「戦う術」。戦術力、体力、精神力に追いつかない技術力は宝の持ち腐れ



スペイン3部のレベル。技術的にはそう巧そうに見えない


スペインで様々な試合を見学に行き、スペイン3部でプレーすることを目指していた。試合を観ている限りでは、そうレベルが高いとは思わなかった。しかしそのレベルで練習や試合の経験を積んでいくにつれて、事前には見えていなかった壁が現れるようになってきた。

来季3部で闘うだろう、スペイン4部で首位を独走しているチームに練習参加をお願いしプレーするようになっていった。練習参加の最初の週で、彼らのことをそう巧いと感じていなかった。個々のプレースピードやゲーム展開が遅いと感じていた。きっと自分のことが知られていなかったし、心理的にとにかく前向きに頑張る気持ちが高ぶっていたからだと思う。


彼らのレベルに実際に入って。高い戦術レベル


2週目、3週目あたりから壁にぶつかる。ゲーム展開が遅いと感じていたにも関わらず、僕がボールを奪われる回数が増えていく。

ボールを持っている時も持っていない時も守備の駆け引きが巧い。そして、ボール保持者は様々なプレー選択を持てることが仲間のポジションニングの前提となっている。僕には難しかった。

ポゼッションの練習の中でもボールをとられることが沢山あった。日本にいたときは、そこまで苦手意識を持っていなかったことだった。辛かった。チームの中で奪われる回数が多いのは僕であった。


技術力や体力では負けない自分。足りないのは戦術力と精神力


奪われて落ち込んでいた僕だったが、自分の能力を自己認識し落ち込まないようになった。そして自分がチームに貢献できることを追い求めていたら、いつの間にかボールを奪われることも減った。ただしポゼッションの練習で奪われる回数は減らなかった。

自分の技術力が低いとは感じなかった。むしろ自分の方が高い。それでも奪われる回数が多い。ミゲル監督は「日本にはまだまだアナリティコなトレーニングが多すぎる」と言うが、僕はその環境で育ってきた典型だと思った。一人で沢山の努力を積んできたが、それは試合で使えるものではなかった。

人一倍努力することを意識してサッカー、そしてフットサルライフを過ごしてきた。しかし、その努力は「戦う術」に結びついていなかった。悲しい。こういう想いを、これから育つ日本の子供にして欲しくないと感じた。