2015年7月17日金曜日

何かにこだわって教えること。それが大人のエゴとなる可能性…



教えないといけないことはフットサル。


フットサルがどういうスポーツなのか。自分の嗜好するフットサルがあろうとも子供に教えることはできない。子供はフットサルの楽しさを知っている。しかし大人がそれを塗り替えることがある。大体、塗り替えることは間違ったフットサルとなっていく。


子どもはある意味、我々よりフットサルを知っている


フットサルは点をとるスポーツであり、とられるのを防ぐスポーツである。子供や幼児を見ていると、フットサルが好きな子はそこに純粋だ。幼児がフットサルをしていて喜ぶところは点をとったときか勝った時。点をとられたり負けた時は悲しむ。それ以外の時でもフットサルが好きな子は必死だ、でも喜びや悲しみを表すことはない。私たちがプレーを褒めた時には喜んでいるけれど。


1点


それが、きっとフットサル。私たちの変な知識がそれを遠ざける。点のとり方に良いも悪いもない。ロングシュートでも単純なシュートでも全員抜いたシュートでもたまたま入ったシュートでもただ闇雲に打ったシュートでも、入ればどれも等しい一点。嬉しい一点であり、悲しい一点。

フットサルの純粋な楽しさは、子どもから学ぶことが多くある。