2014年9月3日水曜日

人々は私の仲間なのだと実感する




人生は他者との競争ではない。同じ平らな地平に、前を進んでいる人もいれば、その後ろを進んでいる人もいる。進んできた距離や歩くスピードはそれぞれ違うけども、みんな等しく平らな場所を歩んでいる。同じではないけれど対等。大人と子どもであってもそう、自分と同じひとりの人間として、真摯に向かい合う。

優越性の追求は、自らの足を一歩前に踏み出す意思。他の人よりも上を目指さんとする競争の意思ではない。したがって劣等感とは、他の人との比較の中でうまれるのではなく、理想の自分との比較から生まれるもの。
チームの目標を最初に立てる、最終的にそれは一人一人の瞬間の頑張りによって後からついてくる。それぞれが「理想の自分」を目指し歩いてきた集合体。競争しない。

競争ではなく、人々は私の仲間なのだと実感できると世界の見え方は全く違ったものとなる。試合だとしても勝つことを大きな目的とするのではなく、楽しむ、自分を出し切る、一生懸命やる、チームに貢献する…それらを第一の目的とすることで、負けるかもしれないという恐怖から解き放たれプレーも良くなる。

対人関係の距離と深さを築ける人であるかどうか。すべての悩みは対人関係から生まれている。その「人生の課題」と向き合っていける人が競争から解き放たれ、人々は私の仲間なのだと実感できる。

「人生のあり方」を決めているのは自分自身。様々な口実を設けて「人生の課題」を回避しようとする事は「人生の嘘」である。人はその気になれば、相手の欠点や短所などいくらでも見つけ出すことができる。だからこそ世界はいつでも危険なところとなりうるし、あらゆる他人を敵とみなすこともできる。